45沢地萃九五その二

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澤地萃

爻辞象辞と象伝小象伝

九五。萃有位。无咎。匪孚。元永貞、悔亡。

象曰、萃有位、志未光也。

九五。有位に萃まる。咎无し。孚とせられず。元永貞なれば、悔亡ぶ。象に曰く、有位に萃まるとは、志未だ光おおいならざる也。

〜昨日の続き〜

而して下民は之を孚としないとしても、九五には大いに永貞の徳があって、民を恵む志、間断なければ、下民も亦自ら君徳の孚を感じて、先に九四の門に聚まる者も、悉く九五の徳に聚まるに至る。是れは悔いが亡ぶ所以である。故に孚とせられず。元永貞なれば、悔亡ぶと曰う。

民衆が九五の王さまを信頼していないのは、九五の王さまには民衆を思いやる真心が感じられないからである。九五に大いなる永貞の君徳正しい道を幾久しく固く守る徳があって、民衆に恩沢を施そうとする志を幾久しく抱き続けようとする王さまであれば、民衆もまた、王さまには民衆を思いやる真心があると感じて、これまでは九四の側近だけを信頼しており、九五の王さまは信頼していなかった民衆も、九五の王さまを信頼するようになるであろう。以上が悔亡ぶとある理由である。以上のことから孚とせられず。元永貞なれば、悔亡ぶと言う。

孚とせられずとは、下民が君徳を信じないことを謂い、元永貞は、君の徳は下民の帰する所を謂い、悔は志の未だ光らずにして、即ち初六の九四に應じ、六三の九四に比するを謂い、有位に萃まる。咎无しは、君臣の分である。

孚とせられずとは、民衆が九五の王さまには真心が感じられないので、王さまを信頼することができないことを云い、元永貞なればとは、王さまに求められる元思いやりの徳永幾久しく変化しない徳貞正しい道を固く守る徳の徳が九五にあれば、民衆は王さまに帰服するようになることを云い、悔亡ぶの悔とは、九五の君徳は今の状態では完成されていないので、民衆は九五の王さまよりも九四の側近を信頼することから生じる反省の気持ちを云う。そして、その前にある有位に萃あつまる。咎とが无なしとは、表面的には民衆は王さまの地位に在る九五の下に集まるので、何の問題もないように見える、と云うことである。

然れども既に其の位あって、其の徳なければ、天下我を信ぜず。必ず當に悔いあるのである。故に之を戒めて曰く。天下の萃に當ろうとする者は、其の位がなくてはならない。其の位ある者、又其の徳がなくてはならない。且つ天下の人心を一つにできなければ、或いは我を信じない者があることを免れない。

けれども、王さまの位に在っても、王さまに求められる君徳がなければ、天下の人民衆は王さまを信頼しない。それゆえ、後悔することになるのである。だから、このことを戒めているのである。沢地萃の時の王さまが民衆に信頼されるためには、王さまの地位に就任しているだけでなく、王さまとしての君徳を身に付けていなければならない。その君徳によって民衆の信頼を得て天下国家を一つにすることができなければ、王さまとしての役割を全うできない。

然るときは則ち人が己を信じないことを咎めずして、益自ら元善常永貞固の徳を修め、以て其の悔いが亡ぶことを得るべきである。蓋し天下の事、下が成って上が定まり、久しきに安んじて、善に帰する。

王さまとしての君徳が足りない場合は、自分を信頼しない民衆を責めることなく、己の君徳が足りないことを反省して、元永貞の君徳を身に付けるべく、毎日修養を重ねるべきである。天下国家は民衆の信頼を得てはじめて、安定した状態が長く続くようになり、善い風土を築き上げることができる。

人主の勢い、天下に臨制すると雖も、其の善未だ至らず、其の治未だ久しからざれば、則ち或いは衆人は疑う。故に必ず之を持するに元永貞の徳による。然る後、衆心感孚して、萃道が成るのである。

王さまが天下に君臨しているだけでは、善き風土を築き上げることはできない。王さまとしての君徳を磨き続けなければ、民衆の厚い支持を得ることはできない。それゆえ、元永貞の君徳を身に付けることは大切なことである。元永貞の君徳を身に付けてはじめて、民衆は王さまに帰服するようになり、沢地萃の道が完成するのである。

どうして其の徳を修めずして、にわかに天下の萃を望めるであろうか。象伝に志未だ光ならざる也とは、九五剛健中正なりと雖も、人を知る徳に於いて、尚お欠けたる所があることを謂う。

どうして、元永貞の徳を修めずに、天下国家を治めることができるであろうか。象伝に志未いまだ光おおいならざる也とあるのは、剛健中正の徳だけでは、まだ足りないのである。

即ち下に九四が権を分かっていても、其の忠と不忠とを決断することができずして、其の威の強く盛んなことを見て、忽ち之を忌み憚るようでは、不明にして狭隘である。古語にも両雄並び立たずと云う。

民衆の信頼を得ている九四の側近を怨むようでは、王さまとしての度量が小さすぎる。両雄並び立たずという言葉があるが、九五は九四を遙かに上回る君徳を身に付けるべきである。